下田治≪The Wing of Minerva(ミネルバの翼)≫調査・洗浄作業 その1
本作品は、山種総合研究所代表取締役会長・山崎誠三氏の寄贈により、1996年に湘南藤沢キャンパスに設置された。作者は立教大学を卒業後、パリのアカデミー・グラン・ショーミエールで絵画を学んだ後、1958年に渡米し、1960年代後半から彫刻制作へ転向。鉄を主要素材とした幾何学的なフォルムによる抽象彫刻を制作した。1997年には≪かみつくめす犬≫で第28回中原悌二郎賞を受賞。
本作品は2020年2月に、ブロンズスタジオの黒川弘毅氏より、経年による変形の可能性が指摘された。黒川氏より、学内の研究者と連携した本格的な調査の必要性が提案されたため、2022年11月に慶應義塾大学理工学部機械工学科大宮正毅教授に協力を依頼。今年度は黒川・大宮両氏とアート・センターの桐島の三者で調査の方針を定め、設置当時の記録写真や設計図面の確認および調査・洗浄作業を実施。作業の際、金属試料を採取して大宮教授へ提出すると共に、慶應義塾ミュージアム・コモンズの宮北剛己氏による3Dスキャン計測を実施し、今後の調査につなげた。以下に2023年3月7日に実施した調査作業の黒川氏による報告を掲載する。
保存観察記録
2022年5月5日
*作業期間 2021年11月5日~ 2022年3月11日
*記録者 ブロンズスタジオ・黒川弘毅
*作業者 黒川弘毅、伊藤一洋、篠崎未来、髙嶋直人、 高木謙造、宮本颯
写真
作業前 西側、西側ピース番号、東側ピース番号、歪み測定、
板材の厚み測定、
試料採取、
洗浄、洗浄作業後
調査・洗浄作業記録
2023年3月7日
*作業期日 2023年3月7日
*記録者 黒川 弘毅
*作業者 有限会社 ブロンズスタジオ 保存修復室
黒川 弘毅、伊藤 一洋、高木 謙造、羽室 陽森
●作品作者:下田治
作品名:The Wing of Minerva(ミネルバの翼)
材料・技法:ブロンズシート
サイズ:629×438×330cm
設置年:1996年
調査・作業報告
・経緯
2020年2月にSFCに設置された屋外彫刻の保守作業を行った。このとき本作品は作業対象ではなかったが、作品に変形が経年で生じているのを見て、短時間の調査を奉仕で実施した。5月に提出した報告書に調査結果の概要を記した。また同年7月、慶應義塾大学の学内で分析化学、材料力学、構造解析を専門としている研究者の協力を得た調査の必要性を提案した。
・作業の目的と概要
作品の安全性を検討するために基本となる知見を得ることが、本作業の目的である。
ローリングタワーを架設して、作品の3D測定、及び作品を構成するピースの識別を行った(アメリカで作成された本作品は、板材の溶接により成形した個々のピースを設置現場でボルト・ナットの締結により接合して構築されたと推定される)。
この後、板材縁の歪み測定、板材の肉厚測定、締結材の磁性検査、高圧洗浄機を用いた洗浄、合金構成元素を定量するための金属試料採取の順に作業を実施した。
・作業内容
1.作品を構成するピースの識別
ローリングタワーを用いて上部を観察でき、作品が8つのピースからなることが把握できた。8つのピースはいずれも複数の板材を溶接して成形されている。これらのほかにa及びbの2つの板状のパーツが存在する。
2.板材縁の歪み測定
ボルト・ナット締結が行われているリブを含めて、板材に生じている変形のほとんどはねじれをもつ3次曲面である。ピース⑦の4個所、ピース⑥とbパーツの各1個所について。板材の縁に限定して、水糸を用いて歪みを測定した。
ピース⑦の南側右パーツ上縁には最大値約45.5mmの歪みが測定され、この部位に生じた変形が最も顕著である。(2019年度報告書 図1-1 部位a)変形の経年変化を知るために、この部位で歪みの経年変化を比較した。慶應義塾大学に残る1996年設置当時の写真で、ピース⑦左前側板にすでに歪みが生じている。また2002年以前に撮影された写真には歪みのわずかな増大がみられる。
ピース⑦の歪みを重点的に計測した。
西側左は、ピース⑤へボルト・ナットで接合するリブ溶接個所寄りで屈曲し、最大値約10.5mmの歪みが生じていた。(2019年度報告書 図1-1 部位b)
ピース⑦南側の左右パーツ裏のリブには約2.5mmの歪みが生じていた。
ピース⑦東側パーツはねじれがみられた、歪みの最大値は上方が約10.5mm、下方が約-6mmであった。(2019年度報告書 図1-4 部位c)
そのほかに次の部位2個所の歪みを測定した。上部でピース③、下部でピース⑦に接合するピース⑥西側パーツには最大値約10mmの歪みが生じていた。
上部でパーツa下側、中間部上方でピース⑤、下部で台石に接合するパーツbは、細長くリブが設けられている下部からピース⑤までの区間に最大値約33.5mmの歪みが生じていた。
3.板材の厚み測定
厚みの異なる複数の板材が用いられ、12mm、13.1mm、13.8mm、14.2mmのものがある。
4.締結材の磁性検査
塗料が施されているボルト・ナットの磁性を磁石により検査した。一部のボルト及びワッシャーに磁性を有するものが見られた。これらに発錆がみられないため、材質はフェライト系もしくはマルテンサイト系のステンレス鋼と推定される。
5.洗浄
高圧洗浄機を用いて作品を洗浄した。
6.金属試料採取
合金の構成元素を定量するため、作品下方の目立たない個所から以下の4点の金属試料を鏨で採取した。
試料1:溶接材(ピース⑥西南側 溶接破断個所)
試料2:板材(ピース⑦西南側 最下部 約13.5mm厚)
試料3:板材(パーツb西側 最下部 約12mm厚)
試料4:板材(ピース⑧北東側 最下部 約13mm厚)
・作業後
洗浄により表面に付着した鳥の排泄物や塵埃が除去され、作品は清潔感を得た。
Date
2023年3月7日
What's on
- SHOW-CASE PROJECT Extra-1 Motohiro Tomii: The Presence of Objects and Matters
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- Correspondences and Hyōryūshi [Drifting-poetry]
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